みずのわ出版


本拠地 ・ 山口県周防大島の出版社、です


―詳 細―

宮本常一 旅の原景 ――(なぎさの記憶2)

宮本常一 旅の原景 ――(なぎさの記憶2)

宮本常一 旅の原景

   なぎさの記憶2


田中慎二・荒木肇 写真
佐田尾信作 文
2005年7月刊 A5判上製94頁 函入
本体2500円+税
ISBN978-4-944173-32-7
   →【書 評】を読む
ジャケット写真 愛媛県由利島(撮影=荒木肇)
装幀 林哲夫




 大阪湾から関門海峡まで東西約450キロ、無人島を含めて島の数は約700。日本最大の内海である瀬戸内海は2004年、国立公園指定から70年を迎えた。中国新聞はこの年、連載「ふるさとの海」を1年間にわたって毎週日曜に掲載。このシリーズを「なぎさの記憶」(全3巻)と改題し、刊行を開始した。
 本書は、その第1回配本。防予、つまり現在の山口・愛媛両県の海域の島々や海辺の取材ルポで、その現場の多くが山口県周防大島出身の民俗学者宮本常一(1907-1981)の足跡と重なり合っている。出版にあたっては宮本常一や歴史学者網野善彦らがこの海域をかつて旅した時代に思いを馳せ、その背景を考察する記者の「取材ノオト」を加筆した。
 通しタイトルにもなった「なぎさの記憶」は周防大島と陸続きの無人島、真宮島のルポ。宮本常一にとっては郷里にほど近い思い出の島で、「森に風のあたる音と波の音――それは私の気象台でもあった」(「私のふるさと」)と書きのこしている。しかし、このなぎさが里人の仕事の場、遊びの場であった時代は今は昔のことである。
 取り上げた題材は、磯漁、木造ミカン船、鯛一本釣り、棚田など多岐にわたり、写真(15点オールカラー)は洋上からの撮影、空からの撮影を駆使している。取材記者たちは営々と続く瀬戸内海の人々の営みを知って、「自然は寂しい しかし 人の手が加わると あたたかくなる」という宮本常一の言葉を実感した。


[著者]
田中慎二(たなか・しんじ)
1957年広島市生。東京理科大学卒業後、81年中国新聞入社。88年から写真部、福山支社、東京支社を経て映像センター写真チーム記者。主にスポーツ畑で、Jリーグ発足からサッカー担当。担当企画に「みち紀行」など。

荒木肇(あらき・はじめ)
1971年広島市生。早稲田大学第一文学部卒業後、95年中国新聞入社。報道部、写真部、山口支社を経て映像センター写真チーム記者。担当企画に「幕間の夢 芝居小屋物語」「みち紀行」など。

佐田尾信作(さたお・しんさく)
1957年島根県出雲市生。大阪市立大学文学部卒業後、80年中国新聞入社。編集局文化グループ記者。著書に『移民』(共著、中国新聞社)、『宮本常一という世界』(みずのわ出版)など。


[目次]

─冬─
闇の中の恵み─山口県柳井市 平郡島
木造ミカン船─愛媛県 忽那諸島
きらめく灘─山口県光市 伊保木海岸
取材ノオト1

─春─
ヒジキの瀬─山口県柳井市阿月
無人島 生の痕跡─愛媛県 由利島
風と波のかたち─山口県光市 島田川河口
取材ノオト2

─夏─
水底の攻防─山口県周防大島町 沖家室島
亜熱帯からの使者─山口県周防大島町 小水無瀬島
スナメリ悠々─山口県光市 牛島沖
なぎさの記憶─山口県周防大島町 真宮島
潮流の中の学び舎─山口県周防大島町 情島
取材ノオト3

─秋─
生と死のトンネル─山口県周南市 大津島
「石の花」三代─山口県上関町 祝島
サラブエを鳴らす風─山口県平生町 佐合島
船乗りたちの「春」─山口県周防大島町 大島商船高専
取材ノオト4

対談 ほんまに写っとるん? 田中慎二・佐田尾信作




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【書 評】

 ◆ 中国新聞中国新聞2005年7月31日付

[評者]河瀬直美(映画作家)
心に残る光景や匂い


 潮の香りのする本に出あった。かつてそこを訪れた記憶を回帰するような、そんな狂おしいこころもちになる一冊だ。どおりで、無人島に公衆電話があるなんて素敵な話が載っている。
 愛媛は松山市に属する由利島のこと。昭和30年代に15戸の人家のためにひかれた一本の電話の海底ケーブルは、今、赤錆びて朽ちるのを待つ。木造の電話ボックスも同じ運命を背負う。
 無人島になってからもしばらくは回線がつながっていたのだという電話。生きていた電話ボックス。どこかの漁船になにかあったときにこの電話を使ってSOSを出せるためのもの。瀬戸内の人々の想いのつまった形跡。人と人をつなぐものの形跡は、見知らぬ土地に暮らす、とあるわたしやあなたにも通じる。そう、それはかけがえのないものとのたち難きつながりを想うように。
 ひとは訪れたひとになにがしかのつながりを求め、ひとときの時間を共有しながら自らの土地の食をわけ与える。茶粥の味が忘れられずにいる書き手もまた、つながりをたち切れないひとりなのだ。それが生まれ育ったふるさとならなおさら、どこかよそへ行ってしまっても必ずその光景や匂いは心のどこかに残っていて、ふとした拍子にたち現れる。もしくはその呪縛のようなものから逃れられずに、生涯、そのものとともに生き続ける覚悟を背負う人もいる。
 わたしは数年前、映画撮影のためにふるさと奈良の上空をヘリで飛んだ。そのとき、眼下に見たふるさとは非常にちっぽけだった。けれどそれと同時に、こんなちっぽけな場所にいる自分のこころの宇宙を想った。その相反する想いのさきには、不思議とやすらぎがあった。ものごとにはあらゆる見方があるのだよ。そう言いながら包み込んでくれたふるさとへの絶大なる信頼。
 同じような想いを抱いたろうか。安全の代償に恵みも断ち切る防波堤を空から眺めた宮本常一という人。その神様のようなまなざしに魅了された書き手が、いまを生きるわたしたちに警告を発しながら、同時に気付きを与える不器用な一冊を世に誕生させた。



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