みずのわ出版


本拠地 ・ 山口県周防大島の出版社、です


―詳 細―

男達の神話

男達の神話

男達の神話

福島清 著
2006年6月刊
四六判上製501頁+図版4頁
本体3500円+税
ISBN978-4-944173-37-2
ジャケット写真 大原隆弘

在庫僅少
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名状シガタイ行方――
主題や色彩や構成が喚起する視覚から触発される快感。聴覚、味覚、暗い情念へと導く加虐快感までを含めた総体を肉体化した芸術――その独自性は漆黒の闇の中、意識下の情念と交信することで獲得したものだ。美を極め尽くそうという地獄のような道行き。すべての審美の道を歩む一人でも多くの方に読んでいただきたい。心中に「私達は何処から来たりて何処へ行くべき何者なのか」という永遠の問いを抱く同行者として。
島田誠(ギャラリー島田・アートサポートセンター神戸代表) 本書解説より抜粋

著者
福島清(ふくしま・きよし)
1948(昭和23)年2月11日、神戸市生。画家、造形家。登山家。大阪RCC(ロック・クライミング・クラブ)創立会員。雪と岩の集団「蟻の会」を創設。高島屋、ギャラリー島田などで個展を中心に発表。作品集「Unnennbarer Ort」(デトレフ・バウアー・オフィス)


[目次]
序章

第一章 発現
男/女/絵/蜂/山/良知

第二章 アルプスへ
転校/喧嘩/変身/入学試験/遠く呼ぶ声/街の仲間/登攀の世紀/賭は始められた/峪/八丁坂/仙丈ヶ岳/帰路

第三章 岩と雪
初陣/屏風岩東壁/人間の戸口にて/拳闘/卒業/箱根を越えて/上高地にて/庇/王国遠征/大阪RCC/逃亡/人間の中へ/大タテガビン/墜落/岩から岩へ/不帰夢遠/退却/夜の抽象/蟻/捨て縄

第四章 蟻の会
鋸岳から甲斐駒ヶ岳へ/垂直の仲間/氷の中の漂流者/裁判/拘禁/稜線上の五人/黄昏

第五章 暗夜行路
栄光の日はきたらず/地獄/騎士と従者が談ずる事ども/斜光/ふたたび賭は始められた/垂れ流す血/邂逅/巡る時間/血を入れる盃が無いと良い/かなしい風景/さらに巡る時間/播半/個展/地下

第六章 男達の神話
回心/虫/黄凡寫/往還の前夜/女と息子と怪しい男達/マナスルの男/制作ノート/火事/立禅/さらなる怪しい男達/宗麿の血/真昼の曳航/石/西のほうに雲がある/迷宮/キメラ/幻日

第七章 名状しがたい行方
リヴァイアサン/素山/酩酊の舟/酩酊の舟2――無限に暗くそして防臭漂う/酩酊の舟3――ほかの何ものにもあれ/Tの遺伝子

第八章 創造の彼方
失われた時を求めて/スーチン/孤独の王/メンデル/孤客/殺到する光景

第九章 新世紀
師走/覚書/「覚書」のための、さらなる覚え書き/不動坂の男/日本人への旅/帝王の死/流々転々

終章



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【書 評】


●朝日新聞大阪本社版夕刊 2006年7月20日付 文化面

テーブルトーク
  画家 福島清さん(58)

男の子に「男」への道、50万字で

 500頁、50万字の大部『男達の神話』は58年の人生を書きつづった自伝だ。「今の時代に『聖書』を一つ残してやろうと思いまして」。聖書? 大きく出られましたねと返すと「何も大きいことないわな」と奧目がちの目が光った。
 6年前、神経症を患い、「人間ってどないしたらうまく死ぬことができるのか」と突き詰めた。「結局はうまく生きることや」。芸者を母とし、父の記憶はなく、あかんたれな少年が芸術と登山に出あい、自分の脳みそと腕力を磨き上げていく姿を描くことで、生き惑う男の子たちに道を示せるのではと考えた。
 一流の審美眼を持つ画家でかつ登山家の日記、となれば、へんこ(偏屈を指す関西弁―引用者註)でマッチョ。なのに、無類におもしろい。母をとりまく無頼の男たち、絵を教えてくれた生田中学の師、山の仲間……出てくる男たちは、みな魅力的で、描写は細かな部分までありありと目に浮かぶよう。読んでいる端から頭の中で映像が走り出す。  主人公の情けなさも突き放して描く。大学は除籍。友の死後、山から足が遠のき、大阪府警を受験。落ちて府警の本部長に面会を求め、「府警(うち)に三度も捕まっている人の採用は難しくてねぇ……」と言われてしまうくだりなど、笑いと涙なしに読めない。
 後半は、美しい描線で自画像を描いたといわれる神戸連続児童殺傷事件の容疑者に思いを寄せ、多くのページを割いた。「人には、正しく闇を見据え、正しく悩まなければ希望(光)が生じない」「哲学しながら生きる大人になるしかない」。男をつくる「FK(福島清)学校」の校長から少年たちへの伝言である。
(阿久沢悦子 署名記事)



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【書 評】

 ◆ 中国新聞2006年9月10日付

[評者]金重有邦(備前焼作家)
美的感性で語る自伝


 男たちがウヰスキーを片手に哲学しなくなってから久しい。団塊世代末期を半端に生きた者はその名残を濃厚に受容していて、無頼、漂泊、旅などの単語に遺伝子の疼きを覚えた。仲間たちはその後の経済発展に情熱を移し、自我そのものさえ泡沫となったが、残党たちの蠢きはあちらこちらに存在していて、野良犬の嗅覚で互いの位置を確認し認否し合った。私と著者との邂逅もそんな風であった。
 著者は神戸の画家である。が、彼の美的感性は絵を描く行為のみにとどめようもなく多様である。時々送られてくる親書の文章は関西系口語体で書かれており、文章というよりは語りである。それゆえどのような表現にも息づかいが感じられ、リアリティーに富んでいる。私はひそかに文才に注目していたが、絵画的思考回路の妨げになってはと、自伝を勧めることにちゅうちょしていた。
 ある日、そんな彼から長編の小説を送ってきた。500ページ、50万字を有する長文の自伝は図らずも口語体の語り口で、活字慣れしていない眼にも流れるごとく入って来る。工芸的文章というのか、まさに現代版浄瑠璃であった。「現代にバイブルを残しておきたかった」とうそぶく著者の言葉は無視するとしても、同世代の者には同時代を流れていた陰鬱な時間がよみがえり、一息で読み終えてしまった。
 物語は1970年、大阪・梅田の未明のマージャン店で著者が受けた一本の電話で始まる。登山仲間の墜落事故死。そこから美を極め尽くそうという、著者の地獄のような道行きが語られる。
 この遅れてきた無頼漢は、己の美的最上感度を形ある物の崩壊もしくは消滅する瞬間にのみ、チューニングしている。レッドカードすれすれの人生で、「柴又の寅さん」よりタチが悪い。周りの人間たちはつかず離れず距離を保つのだが、時折、誘蛾灯のような彼の魔性に引きつけられてはやけどを負い、また離れる。そういう風にして彼の人間関係は形成されていて、私もその中の一人であることはいうまでもない。



「男達の神話」特装本 限定20部


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