みずのわ出版


本拠地 ・ 神戸/準本拠地 ・ 山口県周防大島の出版社、です


―詳 細―

周防大島 ――島末の記憶



周防大島

   島末の記憶


福田忠邦 著
2006年1月刊
A5判67頁ペーパーバック
本体1000円+税
ISBN4-944173-36-9 C0095
装幀 林哲夫
品切れ 完売御礼
    → 「まえがき」を読む




伊予灘と安芸灘の間に位置する山口県周防大島。金魚の形をした島の「尾」にたとえられる、その細長い東部は、中世には島末荘(しまずえのしょう)と呼ばれ、耕地が狭かったこともあって近世以降出稼ぎの風を生じ、明治以降は多くの海外移民を送り出すなかで、独特の文化を形成してきた。その集落の一つ、伊予灘に面する油宇(ゆう)地区の人びとの暮らし、信仰、風景などについて、一人の定年帰農者が書き起こす。中国新聞「洗心」面の好評連載をまとめた画文集。

[著者]
福田忠邦(ふくだ・ただくに)
農業・ボランティアガイド。1942(昭和17)年、山口県大島郡油田村(現周防大島町)油宇に生まれる。山口県立久賀高校を卒業後、国鉄(後にJR)で機関士、運転士一筋。2003(平成15)年定年退職し、帰農。住民の思い出話の聞き書きやボランティアガイドの勉強を続けている。

[目 次]
まえがき
待望の帰郷――父を思い 募る悔しさ
近しき伊予――交流つむぐ定期船
お参りの船旅――至福の時 ゆるやかに
誓いの言葉――門前に響く読経の声
大火鉢の傍らで――故郷のぬくもりを励みに
泣き泣きの花まつり――甘茶に代わる母の愛
それぞれの信心――あちこちに「地主様」
陸奥爆沈――海知らぬ兵士ら哀れ
ヒロシマと出あう――語らい 心分かち合う
ツボカワの恵み――のど潤す井戸に感謝
風呂にまつわる知恵――残り湯ためて肥やしに
ハワイの「もったいない」――海渡った先人の足跡
移民が支えた時代――覚悟の出稼ぎ 夢託す
負子の日々――家族の人数分備える
芋とミカン――変わる畑 若者は街へ
イワシ網――浜の子どもと力を合わせ
変わる海岸線――白い砂浜 今は道路に
架橋29年――失われゆく人情の旅
自慢話今昔――お年寄り集う「風呂」
海と土に生きる――秋祭り 心の過疎なし

跋文 旅人の譜  佐田尾信作(中国新聞記者・周防大島郷土大学役員)


【まえがき、より】
 瀬戸に夕日が沈むと、赤と黒のツートンカラーの「大磯灯台」は、自らの姿を隠して一点の光となって輝き始める。切なさでうるんだ瞳に閃光が滲んだ。「ヨーケ銭を儲けて父母達を楽にさせるど」「オマーいつかは故郷に錦を飾っチャル」と……。出稼ぎ者が、帰省の度に決意を新たにした瀬戸の渦潮は、今では一キロ余りの大島大橋の下だ。
 私は、末っ子の甘えかも知れないが、長男ぐらいは親の元で暮らしたいと思っていた。父はそれを拒んだ。都会の巨大な渦巻きの中でもがいている時、老いた母も「荒縄で牽いていかれる思いがする」と言って広島での同居を断った。もとより六畳二間の古官舎に年寄りの居場所は無かったのだ。
 人一倍優しかった父が、唇を震わせて「故郷を出ろ」と言った苦しい胸の内を知りたい、との衝動が「ツボカワ」の近所の者達で綴った「岡小路の思い出を語る」(2004年11月)や「島末の記憶」になったと言える。特に「岡小路の思い出を語る」は、同郷の者達で思いを一つにしたいとの欲目もあった。出稼ぎの地広島で、望郷にただ涙している私にカツを入れ、「ツボカワ」をして宮本常一先生の偉業を教えてくれた職場の大先輩香川香さんに報いる為でもある。
 昨年7月の集中豪雨で周防大島の5つの集落が孤立したが、駆けつけた報道陣は、他人事のように明るい表情の島民に驚いたという。眼前に開けた海原がそうさせるのだろう。瀬戸内海で培われた穏やかな気質はここにいる限り消え失せる気遣いはない。「岡小路の思い出」や「島末の記憶」は、ご恩を受けた人達を巡る心の旅だった。広島では考えも及ばなかった島で生きていく知恵袋を授けて下さった長老の岡本佐賀一さんや大方シツエさんをはじめ、記憶に肉付けをして下さった地下の皆様には、これからはもっともっとお世話になることだろう。
 本書収録の拙文は、中国新聞「洗心」面に2005年5月30日から10月31日まで計20回連載したものである。定年帰農者のいわば思い出話が、多くの読者の方々から共感や励ましの通信を得てからは、緊張感に身を震わせながら週1回の原稿と挿絵の制作に没頭した。この間、本業の農作業は疎かになり、秋の収穫期は当然の結果を見た。半農半漁の肩書が台無しになってしまった。そこに「百姓の来年、漁師の去年」をまるで絵に描いた自分があった。


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