みずのわ出版


 山口県周防大島の出版社、です


時代を駆ける 吉田得子日記1907-1945

吉田得子日記
品切

時代を駆ける

吉田得子日記1907-1945


女性の日記から学ぶ会 編
島利栄子・西村榮雄 編集責任
2012年6月刊 A5判上製661頁
本体10000円+税
ISBN978-4-86426-014-5 C3036
装幀 林哲夫




[目次]

はじめに  島利栄子

1 明治期

明治40年(1907)
2月5日―節分/2月8日―不合格もうべならずや/2月9日―餅つく/2月11日―雪降り/2月27日―不合格にならぬよう/3月3日―五日より試験/3月4日―試験に岡山へ/3月5日―試験一日目/3月6日―試験二日目/3月7日―試験三日目/3月8日―試験を終え帰る/3月14日―合格通知来らず/3月15日―不合格/4月1日―妹小学校入学/4月24日―権現祭/4月26日―愛国婦人会支部総会/6月9日―母病む/6月11日―母を気づかう/6月25日―山々の美しさ/7月3日―歴史の採点/7月12日―音楽の試験・ピンポン/7月27日―土用のうしの日/8月12日―薄荷をむす/8月24日―婦人会に行く/9月18日―郡視学くる/9月24日―議員選挙/10月8日―師の君の死/10月9日―火葬の日/10月10日―師の死かなし/10月11日―お香典集む/10月27日―文芸会/10月29日―招魂祭/10月30日―遠足一日目/10月31日―遠足二日目/11月8日―キャプテンボール/11月10日―茸狩り/11月23日―薄荷製造終了/12月1日―『乳兄弟』を読む/12月31日―大晦日

明治41年(1908)
1月1日―同窓会/1月16日―講話を聞く/1月21日―『琴の音』を借りる/2月5日―餅十個食べる/2月7日―クワドリール/2月11日―紀元節/2月13日―種痘/3月13日―文章朗読に選ばる/3月24日―卒業式/3月25日―師との別れ/4月5日―大雨/4月6日―始業式/4月22日―春の嵐/5月4日―修学旅行出発/5月5日―大阪から奈良へ/5月6日―奈良から京都へ/5月7日―京都/5月8日―神戸に寄り帰る/6月8日―ヴァイオリン音色出ず/6月10日―そゞろ歩き/7月6日―帯縫う/7月17日―茶話会/7月28日―海水浴/8月8日―片思い/8月17日―かるたひろひ/8月24日―かの君/10月4日―婦人会総会/10月7日―かの君/10月13日―君はいかゞ暮し給ふにか/10月17日―寄生虫/11月4日―君よりのたより来らず/11月18日―心に苦しみあること語る/11月21日―電話かかるようになる/11月24日―かの君より文とゞきぬ/12月20日―真言の御縁日

明治42年(1909)
1月19日―かなしきことのかぎりなし/1月25日―試験一日目/1月26日―試験二日目/1月29日―叔父の死/2月10日―視学官/2月11日―紀元節/2月17日―山口邸見学/3月3日―唱歌をことわる/3月24日―私は次席/3月31日―辞令交付/4月1日―着任/4月7日―茶話会/4月12日―初めての授業/4月29日―生徒の掃除/5月10日―黒井詣/5月21日―月給日/5月24日―貯金五円す/6月14日―朝雨はげし/6月27日―水多くて田植困る/7月15日―暑い/7月26日―写真とる/7月30日―荷物片附け/8月1日―講習/8月2日―土佐に呼ばれる/8月26日―和歌二首/9月1日―新学期始まる/9月20日―『不如帰』と『夜半の追憶』/9月25日―ききょう/9月30日―引越前夜/10月1日―新居/10月24日―母校運動会/10月25日―恋文きたる/10月27日―伊藤博文暗殺/11月4日―伊藤公国葬/11月17日―ふとん着く/12月8日―『肉弾』『こぶし』/12月10日―『こぶし』読む/12月31日―大晦日

明治43年(1910)
1月1日―元旦/1月27日―彗星を見る/1月30日―彗星美し/2月3日―榮の君と弾く/2月23日―研究教授/2月27日―お葬式/3月13日―母君は田に/3月28日―わろき日/3月31日―兄君のこと/4月1日―玉葛山に上る/4月20日―あはれあはびの……/4月27日―待つかひもなく/4月28日―兄君/5月1日―思はぬ日とては無きもの/5月11日―今日こそは/5月12日―あはれあはびの……/5月15日―ハレー彗星/6月3日―体重測定/6月20日―腹立しき日/6月27日―便りなし/7月1日―住宅料の県補助七円/7月13日―視学殿まいる/7月20日―祇園まつり/7月22日―遊舟/8月19日―初めて日本髷に結う/8月25日―日本髷こわす/8月27日―写真到着/8月31日―夏休み終る/9月17日―日韓併合/9月25日―教育会/9月29日―同学年会/10月18日―祖父君容体悪し/10月19日―祖父君逝去/10月20日―焼香/10月27日―運動会/10月30日―兄君まいる/11月1日―日韓合併報告祭/11月13日―天理教葬儀/11月16日―陸軍特別大演習/12月4日―四十九日法会/12月12日―八幡宮全焼/12月13日―焼跡見に行く/12月20日―操行査定会/12月31日―大晦日

明治44年(1911)
1月1日―元日/1月10日―傘と下駄を借りる/1月11日―傘と下駄かえす/1月30日―旧正月/2月19日―妹西大寺へ/2月24日―善行児童賞品授与式/3月3日―山陽新報一万号/3月24日―通知表を渡す/3月25日―証書授与式/4月7日―受持発表/4月8日―時間割きまる/4月23日―教員免許状/5月8日―両嬢美和校へ/5月23日―組合会/5月27日―海軍紀念日/6月1日―旧暦端午の節句/6月2日―研究教授/6月3日―教員免許状来る/7月6日―視学巡視/7月7日―米価騰貴/7月12日―校長と語る/7月13日―遊舟/8月17日―家こわす/8月20日―建前/8月30日―薄荷がり/8月31日―夏休み終る/9月1日―新学期/9月16日―われのみあやし/9月24日―お彼岸/9月25日―村長逝去/9月29日―行末ども/9月30日―菊の節句/10月9日―赤痢/10月12日―村長葬儀/11月2日―転勤令/11月4日―送別会/11月7日―就任式/11月25日―小村寿太郎薨去/11月29日―入営する人にあう/12月21日―俸給日/12月23日―終業式/12月24日―冬休み/12月31日―年参り、歳晩所感

明治45/大正元年(1912)
1月1日―元日/1月8日―がん心配/1月9日―なすの汁/1月12日―講/2月21日―ジフテリヤ/2月23日―伊勢講/2月25日―縁談/2月29日―光陰はやきには驚ろく/3月11日―安仁神社参拝/3月14日―婚約/3月15日―はかなき心地/3月24日―結納持参/3月28日―うらはづかし/3月31日―嫁入支度/4月1日―嫁入り/4月2日―母と村をまわる/4月5日―送別会/4月6日―里がえり/4月8日―国府小学校へ転任/4月10日―歌一首/5月5日―結婚記念写真/6月22日―田植え/6月24日―学校の田植/7月9日―剣道大会/7月24日―御平癒祈念/7月29日―陛下御危篤/7月30日―天皇崩御/7月31日―大正元年/8月31日―蓄音機聞く/9月13日―御大葬/9月14日―桃山御陵着/9月16日―乃木大将殉死/10月2日―台風/10月12日―読売新聞に奉悼歌載る/11月10日―才崎へ/11月11日―学校まで六千四百五十足(北池経由)/11月21日―俸給受取る/11月23日―農作業/12月31日―大晦日

2 大正期

大正2年(1913)
1月1日―大喪中/1月16日―心を高く清く/1月24日―弱虫/1月28日―家庭訪問/1月30日―くやしさに……/2月1日―火用事当番/2月5日―親心に涙す/2月10日―心安く住むべき家/3月10日―陸軍記念日/3月16日―妊娠五ヶ月/3月18日―優等生落第生の協議/3月19日―大腹/4月4日―転勤辞令/4月8日―足数六千十歩/4月12日―招魂祭の用意/5月10日―母/5月22日―屋根ふき/5月23日―聖上の御平癒御祈念/5月31日―屋移り/6月3日―東京土産/6月7日―今日より家に/6月19日―母君隠居の事/7月2日―分娩/7月3日―産れ子息たえぬ/7月4日―埋葬/7月5日―親心/7月11日―有栖川の宮崩御/7月17日―有栖川宮殿下の御葬/8月2日―帰り支度/8月9日―亡き子への思い/8月14日―雨乞の満祈/8月15日―仏おくりの燭燈/9月15日―月蝕皆既/9月26日―薄荷商人/10月18日―復職/10月22日―久々振りの出勤/10月31日―運動会/11月13日―体重十三貫二百匁/11月16日―香川翁の金婚式/11月18日―読売新聞四十周年記念号/11月29日―ヴァイオリン/12月15日―新聞に奇談/12月23日―当用日記/12月24日―成績書込に忙殺/12月31日―大晦日

大正3年(1914)
1月1日―雑煮餅/1月13日―鹿児島桜島の大爆発/1月26日―竹久夢二/2月4日―侮辱したる言/3月11日―キリストの話/3月14日―藤原正次の死刑の記事/3月24日―多忙で逆上す/3月28日―庭園の草とり/4月6日―一年生受持つ/4月10日―皇太后崩御/4月13日―皇太后の遺徳/5月3日―わらびがり/5月25日―洗濯張り物/6月3日―単にて登校/6月10日―母の病/6月27日―教え子/7月21日―土用の暑さ/7月23日―旦那様御気分あしき/7月30日―明治天皇三年祭の遙拝式/8月11日―欧州の戦争/8月23日―開戦/8月25日―薄荷/8月28日―台風の壁塗り/9月2日―姑別居の話/9月4日―ぬかにて髪洗/9月8日―戦場にある兵の身の上/9月13日―明治大帝の御大葬/9月18日―戦争の悲惨/9月28日―人相骨相の鑑定/10月9日―『孝女節婦の伝』/10月19日―お祭りの御馳走/10月28日―運動会盛大なり/10月31日―旅行ばかり楽しきはなし/11月3日―鳩山春子女史/11月7日―青島陥落の号外/11月9日―青島開城の国旗行列/11月21日―福岡で火事/11月23日―稲こきの手伝い/12月1日―歳暮に日記帳/12月13日―てんてこまひ/12月25日―今日より冬休み/12月31日―餅つき

大正4年(1915)
1月1日―元日/2月8日―研究授業/2月21日―講演「戦捷と戦後の経営総論」/2月25日―邑久高等創立三十年記念式/2月28日―寒さいはん方なし/3月1日―福島将軍の準備/3月2日―福島将軍の雄姿/3月21日―松井須磨子のカチューシャ/4月1日―入学式/4月11日―皇太后の御一年祭/4月25日―招魂祭/5月2日―共同銀行の取附け/5月15日―石仏の春祭り/5月20日―長船の産婆様/5月22日―早産の心配/5月24日―八十五歳の臨終/5月27日―海軍記念日/6月17日―校長の女教師攻撃/6月19日―校長の言にくし/7月6日―出産/7月7日―赤子死す/7月8日―心地あし/7月26日―親の情/8月1日―赤飯/9月9日―台風一過/9月13日―薄荷盗まれる/9月19日―腹立ちにいさかひす/9月22日―刃物にて中指を切る/9月27日―開票日/9月30日―くやし涙/10月26日―茸とり/11月10日―提灯行列/11月11日―大奉祝の旗行列/11月19日―邑久尋常小学校に新任/12月3日―皇后様男子分娩/12月9日―『ドン・キホーテ』/12月31日―大晦日

大正5年(1916)
1月1日―拝賀式/1月3日―婦人会で出校す/1月8日―授業開始日/1月20日―旅行一日目(大阪↓伊勢)/1月21日―旅行二日目(伊勢↓琵琶湖↓京都)/1月22日―旅行三日目(京都)/1月23日―帰宅/2月17日―電車事故/3月3日―岡本米蔵の経歴読む/3月24日―通知表/3月25日―卒業式/4月17日―クロッケー・テニス/4月28日―飛行時間早き由/5月1日―飛行を見得ず/5月10日―姑上と口相撲/5月16日―スミス氏けが?/5月26日―曲技飛行士スミス氏/5月28日―曲技飛行を見る/5月29日―スミス氏の話でもちきり/6月10日―同僚とのいさかい/6月15日―旦那様かへりまさず/6月18日―姑上よりお小言/6月27日―大雨・出水/7月7日―採卵日/7月8日―保護者会開催/8月31日―吉井川の橋落ちる/9月16日―衛生講話きく/9月18日―姑上といさかう/9月20日―薄荷出荷/10月9日―校長等とテニス/10月14日―花嫁行列/10月18日―皇儲奉祝唱歌練習/11月3日―立太子の祝賀式に岡山へ/11月20日―飛行機かえる/12月21日―年功加俸/12月31日―二十六歳の大晦日

大正6年(1917)
1月2日―婦人会/1月22日―校長に日記帳買ってきてもらう/2月22日―吉田のぢゞ様死去/2月28日―弁当にぶり入れられず/3月29日―種痘/4月20日―明徳校修学旅行/4月25日―坂上様着任/5月2日―米穀検査員殿葬儀/5月18日―運動会/5月30日―坂上様の復縁話の相談にのる/6月2日―坂上様退校す/6月13日―坂上様の噂とりどり/6月14日―螟虫の採卵/6月18日―坂上様の夫君お詫にくる/6月27日―親子で田植/7月15日―姑上愚痴る/8月10日―客人ありて忙し/8月11日―夏の一日/9月1日―海校日/9月10日―坂上氏の後任として廣畑氏着任/9月15日―夜半の雨物淋し/9月29日―村農会の抽籤会/10月17日―きのこ狩/10月19日―お祭の招待/10月27日―郡連合大運動会/11月4日―茸狩り/11月12日―善行児童表彰式/11月26日―夫にしたたか打たれる/11月27日―打たれても夫思う心変らぬ/12月16日―歳末の準備/12月23日―旦那様万年ペン買って帰る/12月24日―万年ペン使ひ初め

大正7年(1918)
1月5日―母上の病、回復へ/1月30日―いと〓〓寒し/2月9日―紀元節唱歌練習/2月22日―腹立しや/3月31日―火事あり/4月20日―身体検査/5月2日―遠足/5月23日―保護者会/5月26日―旦那様のご様子変りたるふしあり/5月27日―校長に相談する/5月28日―旦那様校長に口止めに/6月7日―ハンドテニス競技会/6月17日―ヴァイオリンを持ち帰る/7月7日―旦那様はかへりまさず/7月24日―姑上に口答え/8月28日―養蚕・薄荷に忙し/8月31日―清潔法実施/9月2日―解雇はまゆに/9月4日―二学期授業始まる/9月7日―活動写真見に行く/9月11日―薄荷大暴騰/9月15日―姑上怒りゐたまへり/9月17日―家庭訪問に行く/9月18日―九校連合運動会委員会/10月21日―投書あり/10月31日―流行性感冒(スペイン風邪)ひろがる/11月2日―姑上大阪へ/11月4日―旦那様心地悪し/11月5日―風邪発熱/11月8日―休校五日間と定まる/11月13日―第一次世界大戦終結/12月1日―下肥・松葉かき/12月29日―年末

大正8年(1919)
1月15日―西園寺公ご出発/1月24日―陸軍の演習/2月19日―実家改築落成/2月24日―お金のことでいさかい/3月3日―忙しく働く/3月7日―旧暦の初午/3月8日―郡長異動/3月24日―卒業式/4月1日―入学式開校式/4月13日―三会連合運動会/5月7日―皇太子裕仁親王立太子礼/5月14日―正坊水ぼうそう/5月23日―保護者会/6月13日―旦那様かへりまさず/7月5日―千町出水して心配/7月14日―短縮授業開始/7月29日―金栗、秋葉両選手吉井川通過/8月6日―新郡長のご子息泊る/8月24日―郡長のご子息を送り行く/8月31日―夏休み終る/9月1日―二学期最初の登校/9月27日―石仏へ砂とりに/10月4日―運動会の練習/10月7日―岡本米蔵氏の講話聞く/10月9日―唱歌会・運動会/10月22日―祭にて学校休み/11月7日―師団演習の兵士来らず/11月8日―邑久高等職員旅行/11月13日―子どもがほしい/11月14日―電灯の取付けに来る/11月28日―強盗事件/12月1日―米買い来る/12月10日―電灯つく/12月15日―姑上孫が生まれ大阪へ/12月31日―亡き子を思ひ、子を得せしめたまえと祈る

大正9年(1920)
1月17日―流行性感冒(スペイン風邪)のためマスク着用/1月21日―旦那様風邪にて休む/1月27日―岡の進さん助からず/1月29日―岡の進さん葬儀/2月4日―昼食をパンに定む/2月9日―徳島県校長視察に来らる/2月29日―節米簡易食の講習/3月8日―京城行飛行機通過/3月10日―陸軍記念日/3月25日―卒業式/4月1日―入学式/5月5日―飛行機事故/5月10日―総選挙/5月11日―阿部敏子さん会葬/5月13日―敏子さんの父上より手紙が/5月29日―伊飛行機通過する日/6月9日―妹大本教の本持ち来る/6月20日―『主婦之友』発売禁止/6月30日―新郡長着任/7月14日―大本教の本読む/7月20日―駈足選手八ヶ村徒歩/7月26日―国勢調査の活動写真あり/8月1日―音楽講習に行く/8月2日―音楽講習二日目/8月13日―お盆のむかえ/9月7日―石原校長転勤/9月30日―日本初の国勢調査/10月6日―祭礼のため早引多し/10月24日―写真をとってもらう/10月26日―写真機の使用法教えてもらう/10月31日―邑久高等小学校運動会/11月6日―産婆さんの見立て、妊娠なりと/11月9日―毎日熱出て心地わるし/11月14日―写真をとりあう/11月21日―郵便飛行機行く/12月4日―和歌二首/12月12日―姑上の髪染める

大正10年(1921)
1月1日―妊娠の兆候/1月6日―左乳房より生汁/1月17日―赤坊の襦袢/2月20日―旦那様写真焼き/2月24日―西大寺参り/3月2日―女学校廃止問題/3月5日―床屋・繁さんの葬儀/3月21日―学芸会盛会/3月23日―補習学校閉校式/4月14日―ふとんの日光消毒/4月18日―おしめ三竿干す/4月30日―出産準備/5月23日―川に落ちる/5月25日―姑帰る/6月7日―男子を出産/6月13日―お七夜の祝す/6月15日―一家をあげて出産を喜ぶ/6月18日―赤ちゃん熱あり/6月22日―赤ちゃん泣く/6月24日―雨/7月1日―大雨/7月5日―お餅つき/7月7日―宮参り/7月18日―初めての里行き/8月4日―実家より帰る/8月12日―坊を負ひて月影ふみて帰る/8月15日―お盆、仏様を送る/8月29日―唱歌講習へ坊をつれて/8月30日―唱歌講習二日目/8月31日―休暇終わり/9月2日―休職の後任に/9月12日―就将尋常小学校への赴任/9月26日―大水出る/10月4日―沖を眺めに/10月6日―宮詣り/10月14日―鉄道開通五十年記念式/10月19日―坊や、実家母に頼む/11月3日―郵便飛行機通過/11月4日―飛行機不時着/11月10日―善行児童表彰式/12月1日―風の中、乳母車押して行く/12月20日―坊や、泣く/12月31日―大正十年最後の日

大正11年(1922)
1月2日―旦那様坊やの写真撮る/1月9日―開校式/1月24日―賀川豊彦講演/1月29日―坊や風邪/2月11日―登校せず坊のお守り/2月25日―弟、師範学校の入学試験/3月5日―邑久校の文芸会/3月6日―坊や乳母車に乗せる/4月1日―旦那様、福田尋常小学校へ転勤/4月2日―秋豊に合格祝い/4月14日―自転車に一人乗り/4月30日―坊やの初菖蒲祝い/5月5日―坊やの節句祝い/5月8日―初めての自転車登校/5月18日―保護者会盛会/6月7日―坊やの誕生日/6月14日―坊や負ひて自転車/7月1日―水力電気のやぐら/7月12日―電話機を据える/7月16日―坊や熱/8月3日―旦那様の写真術/8月9日―猫いらずで自殺/8月23日―旦那様活動写真の手伝いに/9月13日―乃木大将記念日/9月20日―旦那様おもちゃ買う/10月1日―女教員会/10月3日―アイロン当ての知恵学ぶ/10月21日―すねに怪我/10月29日―旦那様見えず/10月30日―学制発布五十年記念式/11月5日―迷ひ猫を捨てる/11月6日―人助け/11月9日―県女教員会の準備/11月10日―県女教員会第一日目/11月11日―県女教員会第二日目/11月21日―堅肺炎/12月4日―学校と役場と電話/12月12日―坊やジフテリヤの心配/12月23日―入退営兵報告祭

大正12年(1923)
1月1日―元日のお祝い/1月7日―坊を負いて木の葉かき/2月10日―足の霜やけ/2月11日―紀元節奉祝式/2月16日―旧正月/2月22日―宝塚少女歌劇/3月10日―陸軍記念日/4月3日―ひな節句/4月7日―国府尋常小学校へ転勤/4月15日―飛行機行く/4月21日―坊やのうんこ、川にて洗濯/4月22日―洋服奨励の講演/4月27日―『婦女界』へ投書/4月28日―幼児の種痘/5月16日―飛行機/5月18日―理科の児童実験器/5月31日―大塚婦人会で劇/6月7日―坊の誕生日/6月10日―西大寺演習の飛行機/6月24日―幼稚園の参観/6月25日―田植え欠席多し/7月4日―洋服着て来る者あり/7月8日―洗濯三竿干す/7月17日―新しいスカート着る/7月29日―洋装、自転車多くなる/8月3日―長子女王御西遊のフィルム/8月9日―坊や三輪車に大喜び/8月22日―淡路沖にて潜水艦沈没/9月2日―関東地方に大地震/9月3日―大地震の惨状/9月4日―坊や死す夢/9月5日―東京の惨状あわれ/9月10日―校長は震災地視察に/9月19日―震災地視察報告の茶話会/9月22日―震災地へ送る古本の荷造り/10月1日―人の行くべき所はなるべく行きおくべき/10月21日―甥の法事(二十五年忌)/10月22日―法事日和なりし/11月8日―坊や加減悪いのに遅く帰宅/11月10日―旦那様病気にてお休み/11月18日―行政視察の準備/12月1日―小運動会/12月14日―旦那様、血痰出でたり/12月28日―寒き風吹く/12月31日―古今有史以来、未曽有の災害を思う

大正13年(1924)
1月8日―摂政殿下御成婚記念/1月15日―関東地方にまた激震/1月26日―皇太子殿下御成婚/2月16日―校長のつくり言/2月20日―歌劇/2月24日―親子三人で観音参り/3月1日―クロッケー競技会/3月10日―陸軍記念日/4月28日―生徒のけんか/5月1日―そろばんを求む/5月8日―水星の太陽面通過/5月9日―坊や川へはまる/5月17日―麻疹のため休校/6月7日―旦那様退職交渉/6月8日―フランスの飛行機飛ぶ/6月10日―時の記念日の講話/6月14日―離縁しても/6月21日―旦那様退職の辞令/7月1日―対米国恥記念日/7月12日―松方公の国葬/7月18日―研究教授/7月21日―女教師洋服着用のこと/8月5日―自動車にて大けが/8月21日―姑病気になる/9月8日―藤原美和校長、急死/9月24日―姑の病気で欠勤/10月17日―お祭り仕度/11月2日―姑の本復祝い/11月11日―演習/12月4日―貸自転車で登校/12月8日―新聞社から当選賞品/12月12日―蔬菜品評会/12月31日―大晦日

大正14年(1925)
1月3日―掛ぶとん作り直し/1月18日―木の葉かき/1月30日―黄金色の雪/2月8日―木鍋宮へお札を/2月11日―自動車川に落ちる/2月17日―婦女界社へハガキ/3月2日―火事には非らずや/3月3日―旦那様むね苦し/3月12日―火事よ/3月13日―火事よ火事よ/4月19日―油倉焼けたり/5月17日―奈良視察初日/5月18日―奈良高等師範付属小学校の視察/5月19日―皇太子殿下奉迎/5月24日―城崎豊岡地方大地震/6月7日―坊や誕生日/6月10日―虫のまじなひ/6月23日―四十分はやく始業/6月28日―畑仕事/7月12日―出水/7月14日―アンテナラジオ/7月20日―飛行機/7月25日―訪欧飛行機/7月27日―訪欧飛行機飛来/8月27日―庭の手入れ/8月29日―日直当番/9月5日―ラジオ放送学校で聞く/9月19日―姑と言いあう/10月1日―坊やジフテリアの心配/10月2日―欠勤/10月4日―運動会/10月15日―県下一周リレー/10月17日―松茸狩日/11月6日―ラジオ持ち来る/12月6日―ラジオ調子悪し/12月7日―皇孫殿下の御降誕/12月8日―ラジオ東京の奉祝放送/12月9日―ラジオ聞く/12月12日―アースの穴掘り

大正15年/昭和元年(1926)
1月6日―ラジオ聞こえず/1月7日―木の葉かき/1月8日―開校式/1月17日―「ラヂオの日」/1月22日―雪/2月6日―宝塚少女歌劇/2月28日―動物園/3月7日―スピーカーの試験/3月26日―多聞寺に火事/4月1日―新学期/4月10日―邑久高女の校舎建築/4月25日―宮下婦人会敬老会/5月6日―『婦女界』賞金十円/5月8日―西大寺開帳記念文化講演会/5月11日―体重十四〆四百/5月30日―夜通しの大降り、出水/5月31日―二十五年ぶりの大出水/6月4日―東京行き初日/6月5日―お茶の水、新宿御苑、明治神宮/6月6日―日航、中禅寺/6月7日―上野/6月8日―新宿御苑/6月9日―帰路/6月10日―帰宅/6月26日―田植休み/6月27日―田植の手伝い/8月18日―飛行機東上す/9月13日―ポーランド飛行機行方不明/10月10日―大連の放送/10月14日―京城、上海、ウラジオの放送/10月22日―長慶天皇御祝日/10月23日―人見絹江の優勝カップ/10月27日―野口雨情の講演/11月21日―ラジオ調子悪し/11月28日―本局試験放送/12月2日―坊や胸痛む/12月7日―佐上信一知事迎える/12月16日―聖上の御容態/12月25日―聖上崩御/12月31日―大晦日の日直

3 昭和戦前・戦中期

昭和2年(1927)
1月1日―親子三人お宮参り/1月2日―家祈祷/1月19日―スピーカー大型/1月27日―火事出す/1月28日―火事のお礼まわり/2月1日―ラヂオいとよく聞こゆ/2月3日―露国人/2月7日―大正天皇の遙拝式/2月27日―レントゲンの講話/3月3日―ひなの節句の放送/3月7日―但丹地方大地震/3月8日―宮津峯山地方全滅/4月3日―消防組発会式/4月7日―磯上婦人会/4月9日―クロッケー/4月11日―幼稚園行きの支度/4月12日―幼稚園初まる/4月19日―ラヂオセット組み立て/4月20日―銀行取り付け/4月22日―全国銀行二日間休業/4月30日―アメリカ人形展/5月5日―児童愛護デーの催し/5月10日―修養団一夜講習会/5月13日―坊やせきひどし/5月31日―増俸の寄附一円教育会へ/6月17日―代用肉の講習/6月20日―螟虫採卵と蛍取り/7月21日―農業研究会/8月1日―夏季特別放送初まる/8月18日―ラジオで野球を聞く/8月19日―四国への旅―高松へ/8月20日―琴平/8月21日―善通寺/8月22日―四国への旅―最終日/9月1日―開校式/9月13日―内親王御誕生奉祝放送/9月19日―徳富蘆花死去/9月27日―西洋料理ご馳走に/10月30日―日直と青年会総会/11月3日―邑久初連合運動会/11月9日―太平洋横断飛行士懇談会放送/11月19日―血染の軍旗/12月8日―月蝕/12月24日―大正天皇御一年祭記念式/12月31日―大晦日

昭和3年(1928)
1月3日―国府青年会、同窓会へ出席/1月12日―相撲を聞く/1月26日―風邪ひく/2月5日―スピーカーB蓄電池/2月11日―大雪の中、登校/2月12日―石仏の伊勢講/2月13日―ハルピンの放送/2月22日―衆議院当選のニュース/2月28日―退職勧告あり/3月1日―校長と問答/4月2日―堅入学前、学校へ挨拶へ/4月4日―堅入学、うれし涙/4月10日―産業組合総会に出席/4月15日―親子三人、博覧会見物に岡山へ/5月5日―笠加村招魂祭敬老会/5月9日―軍艦(天津風)見物に行く/5月12日―運動会の準備/5月18日―坊や麻疹に/5月19日―坊や熱四十度を下らず/5月20日―十キロ放送開始/6月5日―台所改善視察/6月17日―日曜出勤/7月6日―大阪の防空演習の放送/7月31日―堅一席に安堵/8月2日―ラジオの六時起床ラッパ/8月14日―東京よりラジオ関係小包/8月16日―牛窓へ海水浴に/8月17日―牛窓二日目/8月22日―牛窓より帰る/8月24日―ラッパで村人にラヂオ聞かせる/8月31日―秋豊の退営祝い/9月16日―思想問題の講話/10月6日―児童の日記、赤十字社へ/11月3日―明治節/11月10日―御大典祝い/12月2日―大礼観兵式の放送/12月17日―『婦女界』の附録、美しき日記帳

昭和4年(1929)
1月2日―坊や書初め/1月17日―御所拝観団/1月25日―鹿児島の椿油売り/2月17日―地雷火/2月22日―視学/3月20日―退職願を書く/3月31日―退職の日/4月3日―野球放送聞く/4月14日―製縄組合競技会/5月1日―児童保護協会館を視察/5月8日―堅、成績よし/6月1日―女教員会へ/6月4日―天皇、大阪築港へ上陸の放送/6月8日―金光様月並祭/6月28日―田植え休み/6月29日―託児所手伝う/8月1日―ダンス講習の伴奏に/8月28日―ラジオで浜口首相の講演/9月4日―ミシガンと早稲田の野球試合聞く/9月30日―内親王誕生/10月2日―皇大神宮の式年祭/10月29日―万国工業会議開会式を聞く/11月3日―明治節と茸狩り/11月7日―字合せ歌を『婦女界』へ/12月4日―西田天香の講話聞く/12月14日―結納の目録/12月15日―秋豊結納の日/12月25日―大正天皇祭/12月27日―名古屋十キロ放送開始記念式/12月31日―ラジオの故障

昭和5年(1930)
1月8日―秋豊の結婚/1月9日―結婚式翌日/1月19日―征露丸売り/1月21日―ロンドン軍縮会議の放送/2月11日―紀元節/2月15日―政談演説うれし/3月2日―立腹状出す/3月14日―堅の咳/3月24日―堅、一席優等なり/5月9日―朝日号、山口県にてストップ/5月14日―肥かつぎ/5月18日―電流公休日/6月1日―蚕/6月25日―農繁託児所の手伝い/7月19日―恩給取更生会/7月20日―百枝月の橋落ちる/7月29日―下津井保養所/8月18日―閉所式/8月19日―久しぶりの帰宅/8月31日―堅、なまづつり/9月26日―ラジオ店開設を決める/9月28日―盧田橋の渡り初め式/10月1日―国勢調査/10月14日―朝鮮人/10月26日―大観艦式/10月27日―堅、口の下に腫物/10月28日―軍縮祝賀放送を聞く/10月30日―教育勅語下賜四十周年記念日/10月31日―夫婦でラジオの注文を取る/11月3日―明治神宮十年祭/11月10日―岡山放送局の試験放送/11月13日―聖上陛下大演習御統率のため岡山へ/11月14日―濱口首相、撃たれる/11月17日―観兵式を見に行く/11月19日―聖上御帰還の皇礼砲/11月26日―コーヒーと角砂糖/12月14日―岡山放送局視察

昭和6年(1931)
1月5日―堅、鼻血出す/1月6日―学校初め/1月7日―鉱石セットよく売れる/1月8日―かなりの売上げ/1月9日―試験を頼む者あまたあり/1月14日―店員頼む/1月15日―鉱石あまた出でたり/1月18日―終日あまた売れたり/1月30日―村長にも買ひてもらふ/1月31日―あまた買ひ込みて威勢よし/2月1日―岡山放送局最初の記念日/2月11日―終日人絶えず/2月13日―岡山へ仕入れに/2月17日―邑久高女校へセールスに/2月22日―山田わか講演/2月24日―飛行機見る/2月26日―重ばく撃機見る/4月18日―山陽新報婦人会創立委員に/4月29日―夕餉は電気にて支度、文化の恩恵知る/6月13日―心療法してもらう/6月14日―つりに行く/6月15日―早慶戦聞く/7月4日―日米交換放送/7月12日―時鳥の声の放送待つ/7月13日―畠仕事/9月10日―商売繁盛/10月3日―コンセント入れず御飯炊けず/11月3日―村中総出の茸狩り/11月8日―早稲田とアメリカの野球試合聞く/11月18日―満蒙に於て開戦のニュースあり/12月5日―商売繁盛/12月11日―内閣総辞職のニュース/12月20日―渡満兵祈祷の参拝

昭和7年(1932)
1月8日―内閣総辞職の臨時ニュース/1月18日―学校へスピーカー取付けに/1月25日―商売繁盛/2月4日―上海事変のニュース/2月17日―お腹の調子悪しく/3月10日―出征軍人のための祈祷/3月13日―商売繁盛/3月28日―近所で火事/4月14日―家事/4月24日―堅とわらびがり/4月27日―靖国神社臨時大祭/5月15日―犬養首相暗殺のニュース/5月18日―商売繁盛/6月17日―兎が子を産む/6月29日―農繁託児所/7月20日―西大寺の花火/7月24日―四十年来の酷暑/7月31日―ロスアンゼルスよりの放送/8月9日―商売繁盛/8月17日―うなぎ/8月25日―高松稲荷様詣で/9月11日―チブス予防/9月30日―電気蓄音機の宣伝/10月2日―茸番/10月7日―すず虫/10月17日―茸狩り/11月5日―堅欠席/11月21日―煙草小売願を出す/11月23日―子供大会/12月3日―牛文に火事/12月26日―賀状一二五枚書く/12月31日―大晦日

昭和8年(1933)
1月21日―家の普請、役場へ盗人あり/1月26日―寒い一日、普請場仕事にならず/2月7日―大工の仕事仕舞い/2月27日―風呂場気に入らず/3月4日―百社参りす/3月7日―夜つくりす/3月15日―煙草小売指定申請の調査/3月24日―移転と定めし日/4月6日―向陽の芝居始まる/4月11日―秋豊のところ出産/4月17日―秋豊の子、瑞穂と名付ける/5月2日―婦人会役員会/5月12日―チブスの予防注射/6月26日―田植休み/6月28日―託児所の手伝い/7月1日―おぼた作りす/7月2日―堅、高熱/7月31日―岡山へ野球見に行く/8月19日―中京と明石の野球二十五回まで/8月25日―かんぴょうを干す/8月27日―商売繁盛/9月1日―堅の進路の心配す/9月7日―電気製品かざり変え/9月11日―五・一五事件の判決あり、三名死刑に/10月10日―運動会あり/10月31日―授業参観あり/11月1日―堅、教育会より表彰/11月10日―精神作興詔書公布十周年記念日/11月15日―松茸狩り、大収穫/11月30日―BK五十万突破祝放送/12月1日―火災予防デー/12月15日―商売繁盛/12月23日―皇太子殿下御誕生/12月31日―大晦日、幸多かれと祈る

昭和9年(1934)
1月1日―鶏鳴放送あり/1月15日―血液型Aに驚く/1月31日―恩給法令改正により証明書提出/2月12日―編物講習十六人/2月23日―皇太子殿下御降誕奉祝式/3月9日―学芸会のマイク取り付ける/3月11日―交通検査/3月23日―堅、中学受験す/3月27日―堅、二商合格す/4月6日―入学式/4月22日―岡山で愛国婦人会総会/4月24日―天満屋で買物/5月14日―財布袋縫う/5月25日―電池の液の入れかえ/5月30日―東郷元帥死去/6月5日―東郷元帥国葬の講話あり/6月6日―蛍あまた居らず/6月29日―実家へ田植えの手伝いに/6月30日―水不足にて田植はかどらず/7月4日―内閣総辞職/7月8日―九州に空弾射撃、雨を降らすため/7月9日―人体寄附方の交渉に岡山医大へ/7月20日―堅、五十一人中四席/7月28日―西大寺の花火大会/8月3日―大富に火事あり/8月13日―終日寝る/8月20日―中学野球の優勝試合に熱中/8月24日―姑上の介抱/9月13日―乃木大将命日/9月18日―満州事変記念日/9月21日―台風/9月22日―大出水/10月4日―岡山一帯惨状言うすべもなき/10月16日―松茸あまた採る/10月21日―茸番をする/11月1日―婦人会で出征兵士の武運長久祈願/11月18日―休電日で失敗/12月1日―防火演習日/12月4日―村長、収入役、検事局へ送られる/12月23日―皇太子殿下御誕生祝い

昭和10年(1935)
1月16日―梯子段よりころげ落ちる/1月29日―集金してももらえず/1月30日―さしたる商売もなし/2月2日―旦那様、風邪気味/2月17日―愛生園へ行く/2月21日―西大寺高女の講堂の二階落ちる/2月27日―祈祷/3月7日―所得税、収益税の申告書作る/3月10日―日露戦捷三十年記念招魂祭/3月18日―株屋へ行く/4月1日―結婚記念日なり/4月9日―受信機試験/4月21日―台湾大地震の報あり/4月24日―権現祭、参る人多し/5月12日―邑久初教育会五十周年記念式で表彰/5月13日―旦那様の勤続十九年六ヶ月を申請す/5月25日―大楠公六百年祭記念式/6月2日―堀ざらえに不参加、七十五銭出す/6月11日―婦人会の一等くじびきの景品、ふとんの裏地/6月28日―農繁託児所の手伝い/6月29日―大雨、出水のニュース/7月5日―湿気のためラジオ故障多し/7月19日―学校のおぼたつくりの手伝い/7月20日―堅の成績三番/8月12日―邑久自動車の株買入れ/8月20日―記念撮影す/8月25日―青年団員、学校庭に砂利運び/9月4日―ほうれん草と春菊を蒔く/9月18日―木下サーカス/9月27日―県議選挙の開票あり/10月17日―堅、村の松茸狩りに/10月30日―商売繁盛/11月1日―福元消防組の運動会に/11月28日―第二皇子殿下御降誕のニュース/12月11日―練炭、今日より使用/12月25日―広告を電柱に張る

昭和11年(1936)
1月1日―レコード買う人多し/2月20日―衆議院議員総選挙/2月23日―ラジオの句会/2月26日―二・二六事件の報/3月15日―商売繁盛/3月21日―堅の成績三席/4月5日―衛生カマボコ美味なり/4月19日―花見で留守多し/4月28日―水谷八重子観劇に行く/5月5日―婦人会・敬老会/5月25日―度量衡の検査日/6月21日―ホームドレス着る/7月7日―おぼたつくり/7月19日―堅、成績二番/7月31日―商売繁盛/8月3日―岡山で呉工と下商の優勝戦を見る/8月11日―ベルリンオリンピック放送聞く/8月15日―愛生園ストライキ/8月21日―ラジオ修理つづく/8月31日―堅もラジオ検査に行く/9月18日―満州事変記念日/9月19日―防空演習/10月10日―淳風校の運動会/10月22日―松茸狩り十四本/10月29日―大阪港大観艦式の放送/11月14日―一七五〇円落すが、届出あり/12月7日―さばでスキ焼/12月15日―商いに歩く/12月23日―年賀状百枚書く/12月31日―いただいたお歳暮いろいろ

昭和12年(1937)
1月16日―岡山へ行く/1月29日―宇垣内閣組閣不能/2月2日―ターキーを見る/2月17日―放送局一斉調査、厄介なり/2月22日―『婦人公論』読む/3月23日―放送開始記念放送/3月24日―姉上へ見舞い/3月29日―桜・桃美しく咲く/4月1日―銀婚式記念日とて赤飯炊く/4月5日―校長の栄転よろこびによる/4月18日―三百万突破推進運動プロ週間/4月30日―衆議院議員総選挙/5月12日―英皇帝戴冠式の放送/6月11日―乗艦し今治から呉へ/6月12日―旅二日目―呉工廠軍艦を見学/6月24日―今日より農繁休暇/6月29日―石仏へ田植の手伝い/7月3日―託児所の手伝/7月16日―召集令状下り百社参りや千人針/7月29日―出征兵の報告祭と婦人会の祈願祭/8月3日―出征兵士の見送り/9月11日―台風来る/10月27日―旦那様は時局講演会に/11月6日―旅行へ出発する/11月7日―東京駅につく/11月8日―箱根から熱海へ/11月9日―帰路につく/11月18日―郵便局に国債買いに/11月20日―東海林太郎、藤山一郎来る/12月10日―南京城/12月11日―南京落城目前に国旗・提灯行列/12月31日―正月支度

昭和13年(1938)
1月17日―石原氏戦傷の記事/1月21日―石原氏極めて軽傷なり/2月19日―電工試験のための講習/2月27日―お得意様名簿製作/3月3日―糸(妹)死亡の電報来る/3月4日―可愛想なる妹よ/3月5日―亡き妹を偲び涙、々、々/3月27日―毎日新聞社選抜野球大会聞く/4月7日―糸の娘に端書を書く/4月8日―糸の死のあはれを……/4月15日―県議開票あり/4月17日―皇国青年会の講演会/5月19日―戦地よりの放送聞く/5月23日―八幡様へ詣る/5月28日―堅、東京へ旅行/6月11日―乳の診察もらう/6月30日―秋豊、脳腫瘍の疑い/7月1日―秋豊、秋に入院/7月5日―豪雨にて阪神地方被害/7月13日―沖縄へラヂオ送る/7月23日―堅、盲腸炎の手術/7月25日―手術無事終わる/8月21日―全国野球大会優勝戦/9月19日―猛(糸の弟)中尉に/9月26日―防空用カーテン/9月29日―堅、日銀決定/10月4日―松茸一本あり/10月5日―ニコチン予防/10月7日―大根へ予防/10月27日―戦勝の臨時ニュースあり/10月28日―八幡宮で武運長久祈願祭/10月30日―松茸三十本一八〇匁売る/11月12日―大嵐と寒さの襲来/11月21日―うら山へ茸狩り/12月1日―組合総会へ出席/12月20日―ラジオ相談所技術試験/12月31日―大晦日

昭和14年(1939)
1月9日―入営見送りに行く/1月12日―兎の肉/1月25日―玉造温泉に行く/1月26日―出雲大社から米子へ/2月17日―堅の見舞/2月28日―大陸の花嫁/3月4日―堅、卒業生総代に/3月8日―卒業式/3月25日―ラジオ指定相談所に決定/4月25日―靖国神社大祭/4月29日―堅の背広姿/5月21日―ちぬ買ふ/6月4日―堅帰宅、親子三人話す/6月11日―百田のお田植祭/6月15日―いと〓〓暑し/6月28日―堅の浴衣を縫う/7月3日―秋豊の会葬手伝い/7月9日―堅に野菜の土産/7月19日―婚礼祝宴に行く/8月1日―落雷の故障つぎ〓〓/8月5日―レコード破りの暑さ/8月28日―頭いたみ早く寝る/9月3日―英国対独宣戦布告/9月7日―かんぴゃう三個むき、干す/9月13日―大黒蒔く/9月25日―ねずみを獲る/10月11日―小学生伊勢参宮/10月18日―鉄道次官視察/10月23日―家庭防護団の演習/10月24日―警報あり/11月5日―堅と映画「土と兵隊」見る/11月10日―東山へ茸狩りに/11月12日―メリヤス買ふ/11月19日―映画見る/11月26日―電気ごたつ出す/12月1日―第四回興亜奉公日/12月9日―木の葉かきに行く/12月28日―早乙女新嘗祭/12月31日―大晦日

昭和15年(1940)
1月1日―皇紀二千六百年のめでたき元旦/1月14日―米内海軍大将組閣に/2月15日―二千六百年記念式/2月28日―不用品交換即売会/3月3日―漬物煮物講習、生活刷進の講話/3月16日―大阪城見学、文楽座に出かける/3月17日―大阪見物いろいろ/4月6日―電燈会社より調査/4月10日―木の葉かき/5月10日―独軍、オランダ・ベルギーへ侵攻/5月14日―桃の袋掛け/5月31日―徴兵検査の参観/6月21日―東京航空局に落雷す/7月17日―米内内閣総辞職す/7月18日―姑下笠加にて最高齢/8月16日―ラジオ修理にまわらる/8月22日―後楽園天主閣を見る/9月14日―団長引受ける/9月15日―堅の健康心配/9月29日―ラジオ販売に歩く/10月1日―興亜奉公日/10月5日―九州旅行へ出発/10月6日―阿蘇登山、熊本へ/10月7日―雲仙へ/10月8日―島原から鹿児島へ/10月9日―鹿児島見物から霧島へ/10月10日―宮崎へ/10月11日―大分へ/10月12日―耶馬渓、青の洞門見物/11月10日―二千六百年奉祝式/12月1日―興亜奉公日/12月3日―宮崎橿原間駅伝/12月11日―小鯨とれたニュース/12月24日―行幸の村葬に一人総代で参列

昭和16年(1941)
1月2日―猛死去の電報/1月17日―神戸へ行く/1月18日―うすりい丸の英霊迎え/1月20日―満州慰問団へ申込書提出/1月31日―明治二十八年に次ぐ寒さ/2月2日―配給に鰯の塩物/2月4日―国防婦人会支部長会議/2月18日―足袋講習あり/3月31日―秋豊、長浜へ転勤/4月11日―黄砂あり見通しきかず/4月27日―徴兵検査、堅第二乙/4月29日―家族の写真を撮る/5月14日―広島放送局より感謝状/6月17日―わらを敷く/6月22日―独ソ開戦のニュース/6月23日―待望の砂糖ようやく入手/7月3日―ラジオの修理に忙殺/7月18日―近衛公爵に大命降下の臨時ニュース/7月26日―カリエスとの診断/8月15日―台風来る―停電、強風/8月20日―姑上死去さる/8月21日―盛大なる葬儀/8月22日―忌中参りする/8月23日―形見分けのくじ引き/9月8日―忌中を忘れる/9月21日―日蝕の観測/9月22日―姑上の四十九日の準備/9月23日―姑上の四十九日/10月12日―ラジオ修理に忙殺される/10月13日―防空演習/10月17日―牛肉買いてライスカレー/10月18日―魚買ひに大勢出かけ驚く/11月9日―三人揃いて団欒す/11月17日―東條総理の演説を放送す/11月26日―姑上の百ヶ日/12月8日―英米軍と交戦状態に入れり/12月9日―ラジオの修理者と購入者、門前に市をなす/12月11日―岡山へ仕入れに/12月16日―次々とラジオ持ち来る人あり/12月26日―風邪気味にて用心す

昭和17年(1942)
1月1日―今日より切符制に/1月7日―飛行機献納の義捐金/1月25日―翼賛壮年団発会式/2月15日―シンガポール落城/2月18日―第一次戦捷祝賀式/2月26日―兎の供出日/3月5日―南鳥島へ空襲あり/3月12日―第二次戦捷祝賀日/3月19日―堅に召集令状来る/3月25日―堅の千人針腹巻をぬう/3月31日―堅出立つ/4月1日―堅入隊す/4月11日―堅へ面会の準備す/4月18日―空襲警報/4月26日―堅に送る菓子、煙草集める/5月17日―堅の面会に行く/5月18日―木曽路の旅へ/5月19日―長野発/5月20日―松島で/5月21日―松島、塩釜、仙台へ/5月22日―日光へ/5月23日―成田から国技館へ/5月24日―富士山見る/5月25日―姫路下車/6月4日―大日本婦人会邑久部支部結成式へ/6月10日―臨時ニュースあり/7月3日―堅休暇にて帰る/7月12日―酷暑/7月18日―堅退営/7月21日―堅除隊となる/8月8日―堅の帰還報告式/8月13日―お盆/8月31日―暴風雨警報/9月13日―乃木大将命日、いろいろ放送あり/9月30日―役場へ出勤す/10月1日―スカートを縫い直す/10月4日―婦人会総会/10月18日―お祭の料理/10月21日―ラジオ局組合総会に出席/11月2日―天皇皇后両陛下、国民体育大会に/11月8日―大詔奉戴日/11月13日―ラジオ取替えに行く/11月29日―梨本宮殿下、お見送り/12月6日―「ハワイマレー沖海戦」を見る/12月21日―配給あり/12月22日―百社巡り

昭和18年(1943)
1月18日―衣料切符制点数上る/1月25日―兎を供出/3月2日―新税につき、牛窓署に集合/3月9日―供出について集会/3月10日―松供出/3月25日―婦人常会初めて開く/3月28日―婦人協力会議出席/4月2日―羽二重の洗濯して文化帯に/4月16日―日婦事務会議に/4月29日―日婦勤労報国隊の調査/5月14日―モンペ、ゲートルのふれあり/5月28日―尾張にて慰霊祭/6月1日―指定相談所の願書提出/6月8日―大詔奉戴日/6月12日―物品税につき会議あり/6月20日―焼夷弾試験見学/6月24日―野菜の配給あり/8月1日―ラヂオの修理あまたあり/8月12日―放送局より出張の命/8月21日―女子青年の練成会に参加/8月23日―田草取りする/8月29日―アッツ島玉砕/8月31日―常会あり/9月1日―警報入る/9月11日―鳥取大地震/10月7日―堅に徴用令来る/11月1日―蝗取りする/11月7日―松茸あまた取る/11月27日―入営餞別を持ち行く/12月8日―大東亜戦二周年記念日/12月16日―千人針の腹巻を縫う

昭和19年(1944)
1月3日―朝祝いの支度/1月5日―寒き事言わん方なし/1月16日―満州入営の人を見送りに/2月3日―ラジオの品不足深刻に/2月8日―西大寺会陽/2月11日―農業会設立総会/3月19日―配給分配、塩と針/3月26日―観劇に岡山へ/3月31日―挺身隊入隊を見送る/4月8日―大詔奉戴日にて八幡宮へ/4月21日―縁談/4月24日―更生服講習会/5月5日―縫糸の配給/5月17日―春祭とてお鮨つくる/5月23日―いかけや来り、修理品あまたあり/6月1日―国民総起運動の宣誓式/6月4日―戦死者の報来り悔みに行く/6月17日―B29北九州へ来襲/7月2日―雨にて皆よろこぶ/7月20日―東條内閣総辞職/7月21日―ヒットラー暗殺/7月22日―新内閣出来る、小磯総理大臣/7月24日―堅の縁談進める/8月11日―夜半、警報出てさわぐ/8月24日―百社参に行く/8月31日―堅の縁談/9月4日―軍袴の仕上げ奉仕/9月7日―堅の婚約/9月17日―堅の結納/10月13日―堅の結婚/10月27日―入営見送りに/10月30日―美玉の入籍/11月18日―岡山行きの支度す/11月27日―西大寺中学生勤労奉仕/11月30日―東京静岡地方へB29来る/12月15日―姪の紐落祝に/12月22日―B29百機ばかり来襲/12月31日―大晦日

昭和20年(1945)
1月16日―百社参り/1月19日―夜半一時に警報出る/1月21日―松根掘り/2月11日―関東へB29九十機来襲す/2月23日―日夜、神経戦的の一機来襲/2月25日―一尺の大雪積もりたり/3月7日―庄村へ投弾あり/3月16日―B29の飛行機雲見る/3月24日―防空頭巾二個つくる/4月13日―ルーズベルト死す/4月14日―帝都空襲/4月23日―遺骨迎えに参列/5月12日―夜十時より停電/5月27日―義勇隊結成式/5月31日―酢、塩、味噌の配給/6月4日―松根運ぶ/6月5日―飛行場つくりの奉仕に/6月22日―B29あまた来り/6月25日―沖縄玉砕を聞く/6月29日―岡山空襲、堅ら無事/6月30日―岡山一面の焼野原/7月4日―今夜岡山県へ大空襲ありとデマ/7月22日―敵機ま近く三機通る/7月24日―堅達無事で安心/8月8日―堅に召集令状来る/8月10日―石仏へ堅の召集報告に行く/8月15日―大陛下の玉音あり/8月16日―堅入営の為出発さす/8月17日―召集解除となりて帰る/8月25日―連合軍入国して民心落着かず/9月18日―吉井川の堤防決壊/9月19日―多数の死者出る/9月20日―堅手伝いに来る/9月22日―後片附けに困る/10月2日―父上死去/10月3日―父上出棺/10月7日―父上の初七日/10月9日―吉井川また氾濫/10月13日―千町まだ水深し/11月1日―岩田帯の祝/11月5日―石仏へ法事に行く/11月8日―英霊帰る/11月21日―稲こき、麦蒔きする/12月8日―配給物の決算に没頭/12月31日―昭和二十年終り、感慨無量なり


4 吉田得子日記に恋して――解説

●吉田得子日記に見る女の一生  島利栄子
第一章 明治期の日記より  西大寺高等女学校時代/教員になる/結婚
第二章 大正期の日記より  家庭の中で――姑とのたたかい/家庭の中で――旦那様への思い/職場(教育現場)で/暮らしの変化
第三章 昭和期の日記より  子育て/婦人会など社会参加/戦時下の女性の仕事

●その時、得子はどう書いた  西村榮雄
第一章 明治期の日記より  トラホームの流行/経済恐慌が起こる/戊申詔書の発布/伊藤博文暗殺さる/日韓併合/明治天皇崩御/明治天皇御大葬・乃木大将夫妻殉死
第二章 大正期の日記より  竹久夢二のこと/第一次世界大戦の勃発と終結/スペイン風邪の流行/第一回国勢調査実施/関東大震災/虎の門事件/長慶天皇の皇統加列/大正天皇崩御
第三章 昭和前期の日記について  金融恐慌はじまる/田中内閣総辞職、浜口内閣成立/ロンドン海軍軍縮会議/浜口首相、狙撃され重傷/満州事変/五・一五事件/岡田啓介内閣成立/二・二六事件/日中戦争始まる/第二次世界大戦始まる/太平洋戦争始まる/戦況不利に/終戦/吉井川決壊大洪水

●吉田得子日記に見るラジオ  島利栄子
第一章 ラジオ前夜  ラジオ放送開始/得子日記に「ラジオ」が登場/『婦女界』への投書より
第二章 昭和初期 ラジオ店開店と商売繁盛
第三章 ラジオと戦争
まとめにかえて


5 資料篇

吉田得子日記頻出語・難解語
吉田得子日記に記述されている女学校の「割烹」メニュー
吉田得子読書記録
吉田得子日記に出てくる言葉の変遷(大正二年、十二年、昭和六年、十七年)
吉田得子日記から拾う旅行記録(主なもの)
得子がラジオから聞いた情報(昭和二年〜二十年)
参考文献

あとがき  吉田堅



[執筆・データ取り・校正]
島利栄子(しま・りえこ)
1944年長野県に生まれる。信州大学文理学部卒業。日本ペンクラブ会員。著書に『周防の女たち 嫁・姑のたたかい』(マツノ書店)、『山国からやってきた海苔商人』(郷土出版社)、『日記拝見!』(博文館新社)『戦時下の母』(展望社)、『母の早春譜』など多数。

西村榮雄(にしむら・よしお)
1930年東京に生まれる。郵政省勤務後、福祉事業に従事。老人ホーム施設長を経て現在社会福祉法人理事。著作に『学徒勤労動員日記―1945年』(朝日新聞出版サービス)。

高崎明子(たかさき・あきこ)
1942年千葉県に生まれる。ガールスカウト活動に参加し、少女たちの社会教育に三十余年携わっている。「女性の日記から学ぶ会」会計。

島秀光(しま・ひでみつ)
1940年長野県松本市に生まれ、秋田大学卒業後、出光興産に入社。製油所の建設・運転、地下備蓄業務に従事。退職後NPO「八千代オイコス」設立に参加、活動中。趣味は蕎麦打ち。

[日記翻刻](50音順)
伊藤久恵/上野喬士/榊原由記子/島秀光/島利栄子/鈴木博子/高崎明子/西村榮雄/菱木養一/平野仁蔵/師岡一郎

[写真提供]
吉田堅/NHK放送博物館/柳原一徳

[校正協力]
吉田堅/村上岳

[編集]
女性の日記から学ぶ会
1996年創立。「現存する日記を収集、保存、活用する途を探しながら、後世に残すべき女性文化のありようを考える」をテーマに日記研究、日記展、会報発行などの活動を展開している。現在全国で会員230人。提供された日記4000冊。2001年にシャルレ女性奨励賞を受賞。2009年『手紙が語る戦争』(みずのわ出版)を出版。代表・島利栄子。活動地は千葉県八千代市。

[編集責任]
島利栄子/西村榮雄

[用紙/刷度数]
ジャケット テトン うすクリーム 四六判Y目102kg 4°
表紙 里紙 稲 四六判Y目 100kg K/1°
見返し 里紙 すすき 四六判Y目 130kg
別丁とびら ハーフエア ヘンプ 四六判Y目 90kg DIC520/1°
本文 b7クリーム A判T目45.5kg K/1°
スピン 13打 A3
花布 A32



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