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子供の世間(しょけん) (宮本常一ふるさと選書第3集)
編 柳原一徳
編輯協力 宮本常一記念館(周防大島文化交流センター)
2026年10月刊
A5変形判(210mm✕136mm)中綴じカバー装79頁
本体1,800円+税
ISBN978-4-86426-103-6 C0395
書容設計 扉野良人
プリンティングディレクション 黒田典孝((株)山田写真製版所)
印刷・製本 (株)山田写真製版所
ジャケットの拓本は1970年代に宮本の指導により収集された久賀の諸職用具から、オケジャク(周防大島町久賀歴史民俗資料館所蔵、採拓=扉野良人)。
周防大島の生活誌と宮本常一の家族にふれたエセイを収録した「宮本常一ふるさと選書」第1期5冊のうち3冊目。この巻に収録した三篇のテクストにまず通底するのは、子供の世間(しょけん)を通じた共同体論である。
宮本が「子供の世界」を書き上げて11日後、国民主権、基本的人権の尊重、平和主義を三原則とする日本国憲法公布(1946年11月3日公布、翌47年5月3日施行)。宮本は記した。「我々は戦を捨てた」(「萩の花」)と。
「子供の世界」と「萩の花」、これら二つのテクストに通底するのは、総力戦敗亡の虚無から立ち上がる、新生日本への希望と自身に課した責任だ。戦後大島に帰って百姓になると決めたはずの宮本が、請われるままに農村調査、民俗調査の旅を再開してしまったのも、農山漁村の実状に精通した研究家であり実践家としての責任感の故であろう。宮本が希望を寄せた新生日本のいまをおもわずにはいられない。
核に汚染され、気候崩壊が進むこの地球上で絶望の未来を生きぬくほかない子供たちの困難をおもうからこそ、絶望の過程である災厄の夏に宮本のこの一冊を編み、次代に遺す。
目次
子供をさがす
子供の世界
萩の花
附記
未来が絶望であるからこそ 柳原一徳
著者
宮本常一(みやもと・つねいち)
1907年(明治40)山口県周防大島に生まれる。柳田國男の「旅と伝説」を手にしたことから、柳田國男、澁澤敬三という生涯の師に出会い、民俗学の道を歩み始める。1939年(昭和14)澁澤の主宰するアチック・ミューゼアムの所員となり、1964年(昭和39)に武蔵野美術大学非常勤教授に就任(翌65年教授就任)するまで、在野の民俗学者として日本の津々浦々を歩き、離島や地方の農山漁村の生活を記録に残すと共に村々の生活向上に尽力した。1953年(昭和28)、全国の離島に所在する市町村及び離島を有する市町村による全国離島振興協議会設立(6月25日)に参画、8月幹事長、翌1954年5月事務局長就任(1957年6月事務局長退任、63年11月幹事退任)。1981年(昭和56)1月に73歳で没するまで、離島振興運動の指導者として、また理論的・精神的支柱として、離島の生活と産業、そして文化の向上に注力し続けた。また、1966年(昭和41)に日本観光文化研究所を設立、後進の育成にも努めた。「東和町誌」(本編、岡本定共著)、「忘れられた日本人」(未來社、のち岩波文庫)、「宮本常一著作集」(未來社)、「宮本常一離島論集」(みずのわ出版)他、多数の著作を遺した。宮本の遺品、著作・蔵書、写真類は遺族から山口県東和町(現周防大島町)に寄贈され、宮本常一記念館(周防大島文化交流センター)が所蔵している。
編者
柳原一徳(やなぎはら・いっとく)
1969年(昭和44)神戸生。兵庫県立御影高校を経て1990年(平成2)日本写真専門学校卒業。記者職(奈良新聞、奈良テレビ)、編集職(解放出版社)等を経て1997年神戸でみずのわ出版創業。2011年(平成23)山口県周防大島に移転。みかん農家兼業。公益社団法人日本写真協会会員。「本とみかんと子育てと」(2021年)で第37回農業ジャーナリスト賞特別賞、第35回地方出版文化功労賞奨励賞受賞。単著「阪神大震災・被災地の風貌」(1999年)、共著「われ、決起せず――聞書・カウラ捕虜暴動とハンセン病を生き抜いて」(2013年)、「親なき家の片づけ日記――信州坂北にて」(2015年)、「神戸元町ジャーナル ――通り過ぎた人々、喪われた街」(2025年)など。
用紙
カバー:クラフトペーパー ホワイト ハトロン判T目86.5kg
表紙:アラベール-FS ホワイト 四六判Y目130kg
本文:b7バルキー 四六判Y目64.5kg