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山上の蜘蛛 神戸モダニズムと海港都市ノート

季村敏夫 著
2009年9月刊
A5判上製403頁
本体2500円+税
ISBN978-4-944173-71-6 C0095
装幀 林哲夫
ジャケット版画 政木貴子「untitled'09-12a」
品切

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[プロローグ――人間の危機、より]

(前略)
 始まりに当たり、まず、現在の病理の様態を押さえておかねば、一歩も進めない。そのうえで、問いを発してみる。「愛したい、誰かに愛されたい」。違う、「殺したい、誰でもいいから」、極限的に歪んだ精神に対峙しうる、どのような言葉、いかなる概念、発想を持っているのかと。人類史始まって以来ともいうべき病理の現前に立ち会い、しかも恐怖の事態を長い過渡期の始まりと見定め、問いにどう応えていくのか。
 以上を見据え、これから旅を始める。現在の私の居住地、幼稚園から高校卒業までを過ごした海港都市神戸の文学運動、かつて、神戸モダニズムと呼ばれる思潮の検証を志した同人誌『蜘蛛』(伊勢田史郎、君本昌久、中村隆、安水稔和。昭和35年創刊)とその周辺の人間群像をたずねながら、遠方まで行こうと思う。『蜘蛛』グループが誕生する以前と以後、とりわけ戦時下の神戸詩人事件や敗戦後の『火の鳥』(小林武雄編集兼発行、昭和21年創刊)をたどりながら、私たち自身の歴史の突端、病理が世界を覆う現在を、権力という問題を視野に入れ、浮かび上がらせようと試みる。神戸という土地の記憶がいかに世界(外部)の侵食を受けてきたのか、地域の文学活動、とりわけ1920年代のダダイズム、アナキズム、プロレタリア詩、水面下のアヴァンギャルド群像の詩的行為がいかに共時的であったかを、詩の同人誌(記憶痕跡)をたどりながら明示し、記憶の突端である今ここの、現在と過去と未来、三つの異なった時間が同時に煮え滾る様態を切り取ることが出来たら、そんなふうにおもっている。

 次の言葉を読んでいただきたい。言葉の背後、余白を読みとってほしい。〈神戸戦後詩史は書かれなければならない〉〈詩史はつくられねばならない〉〈一枚の地図を指示する〉測量士のように。『蜘蛛』同人の君本昌久(1928-1997)はこう書きつけた。ひとりの詩人が、歴史に眼差しを寄せた瞬間である。吉本隆明の先駆的な詩史論が発表された7年後のことである。
 ここで私は、詩史を私史と受けとめる。大きな物語ではない、細部としての私的記憶、小さな内的時間を通じ歴史、詩史へ。これまでの歴史の叙述に反し、私はいささか強引にそう読み直すが、急いではならない。ここでは、詩の通史を試みながらも通時的な発想に疑問符を投げかけ、詩の歴史はつくられつづけねばならないという共時的な宣言を促した危機意識と批評性にまず注目しておこう。
 どこから来て、どこへ行くのか。詩の歴史といえども、この問いの呪縛から逃れられない。一人の人間として世界へ放擲された詩人は、限られた時間、社会の秩序と意識とどう関わったのか。歴史への眼差し、あくまで仮説だが、君本昌久は神戸へたどり着くまでの私的な記憶に促され、問いを発していたのである。
 追悼特集以外に、君本昌久の仕事の核心部が本格的に論じられたことは、現在もかつても、なかったのではないか。なぜかは問わない。たぶん私の試みが初めてになるとおもうが、きっかけは偶然性による。そのことは後で述べる(9「もう一つの地域史――私的記憶から歴史へ」)。
 たまたま漂着した土地、神戸にこだわり、死ぬまで離れることのなかった君本昌久の読み直しを提起する。従来の評価や固定観念、すなわち、君本昌久に関する自明性をことごとく壊してほしいとおもう。土地に固執するといっても、所謂地方インテリとかいう発想を私は退ける。君本昌久が最終的に陥った中央に対する地方という意識に自足することもゆるさない。むしろ、地域性、無名性を抉り、他者の記憶が重層的にうずまく地域は共時的であるという視点から、君本昌久らが残した仕事、闘いの残滓をひき受け、読み直すことを提起する。誤読を恐れず、深読みになるかもしれない読みかえ。数行の宣言、宣言の背後の余白を抱え、『蜘蛛』グループが挑み、そして中途のままになった神戸詩史、詩の同人誌の歴史的変遷、中絶したゆえ、言葉に出来なかった歴史の無意識を呼び起こす試み、そんな作業を自分に課したい。土地に潜む痕跡と私的記憶を交差させるという、従来の歴史観からすれば逸脱した試みなので、論というより断想の連なり、ときに筆が、あちらこちらに飛行し、読みづらくなることをおゆるし願いたい。重層性を明示するため、補助線としての註を多用する。

[目次]

プロローグ 人間の危機

1 神戸詩人事件の記憶
2 「いたましさ」について
3 遠方の跫音――友情論
4 神戸モダニズム――奇妙な命名
5 神戸で開催された『死刑宣告』の出版記念会
6 資料滅亡、散逸という事態
7 「雑」とはなにか――他者性としての雑誌
8 戦争の、前、中、後、の時間
9 もう一つの地域史――私的記憶から歴史へ

エピローグ 生きて、わかれゆく

補註1 『兵庫文学雑誌事典―詩誌及関連雑誌』(仮称)作成のために
     戦前戦後発行の詩誌及び関連雑誌
     新刊及び古書店、プライヴェート・プレス、資料館、市民グループ、サロン、ほか
     カフェ、喫茶店、印刷所、詩の研究グループ、政治結社、ほか
補註2 雑誌の記憶から、安水稔和に聞く

海山のあわいから――あとがきにかえて
人名索引

[著者]
季村敏夫(きむら・としお)
昭和23(1948)年、京都で生まれ、神戸市長田区で育つ。古物、古書籍商を経て、現在、アルミ材料商を営む。詩集『木端微塵』(書肆山田、2004年8月。山本健吉文学賞)、『記憶表現論』(共著、昭和堂、2009年3月)ほか。

[用紙]
ジャケット NTほそおりGA ホワイト 四六判Y目 130kg K+DIC159/2°
表 紙 NTほそおりGA 青紫 四六判Y目 100kg K/1°
見返し NTほそおりGA 青紫 四六判Y目 100kg
別丁扉 NTほそおりGA ホワイト 四六判Y目 100kg DIC523/1°
本文 淡クリーム琥珀N A判T目 43kg

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