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北京彷徨1989-2015

著 山田晃三
2016年2月刊
四六判並製301頁
本体3500円+税
ISBN978-4-86426-034-3 C0036
装幀 林哲夫
印刷 (株)山田写真製版所
製本 (株)渋谷文泉閣

価格 <% total_price.toLocaleString() %> 円(税込)
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序章
中国人の心は統計や数字では測れない

本書は、みずのわ出版のサイトで二〇〇九年から連載していた原稿をまとめたもので(一部書き下ろしを含む)、日中関係、中国の社会や文化、また近年続発する日中間の事件や問題に焦点を当て、かれこれ四半世紀になる北京滞在を通じて感じ考えてきたことを書き綴った。
タイトルの『北京彷徨』は、魯迅の第二作品集『彷徨』からとった。辞書によれば「当てもなく歩き回ること、さまようこと」とあり、これまで北京でさまよい続けてきた私にぴったりだと思ったからだ。定職につかず北京で暮らしている人のことを中国語で「北漂(ペイピアオ)」という。私はまさに北京に漂っていた。最初の十年間は留学生として、その後は定職につかず通訳やアテンドなど様々な仕事で食いつないできた。その間、日中関係が大きく揺れ動いてきたように、私自身もまた、中国への思いや自身の生き方に大いに迷いながら過ごしてきた。

一九九一年に初めて北京へ留学したときは、毎日のように自転車で胡同を走りまわり、屋台や露天商の中国人と言葉を交すことに喜びを感じた。多くの中国の友人にも恵まれ、彼らと万里の長城までサイクリングしたり、郊外でテントを張ったりしたことが今では懐かしい。当時バブルで沸いていた日本と違って中国は貧しいけれど日本よりずっと自由な国だ、というのが当時の私の感想だった。そして中国が大好きになった。
しかし、その後北京生活が長くなるにつれて、私の純粋な中国に対する思いは次第に失せていった。九〇年代は日中間の経済格差が歴然で、中国人からたくさんの頼まれごとをした。向こうは軽い気持ちで頼んでくるのだが、何とかしなければと真面目に考えて負担になってしまったり、正直にそれはお手伝いできませんと伝えると「これまで良くしてあげてきたのにどうして手伝ってくれないのか」と関係がギクシャクしたりした。日本人的な感覚で良かれと思ってしたことが逆に悪い結果を招いたり、誤解や不信感が生じたり、失敗談は枚挙にいとまない。また、中国のおかしいところを何気なく指摘すると、「日本人はかつて中国で何をしたのか!」と過去の日本を持ち出して感情的になる人が多かった。知識人や友人たちは本当によくしてくれたが、そうした関係を離れた人たちからはストレートな日本評が返ってきた。戸惑う私に、中国で成功するには中国の悪いことを言ってはいけないと中国人の友人が教えてくれた。
そんな経験を繰り返すうちに中国人の日本に対する本心が垣間見えるようになり、思ったことを率直に口にできなくなった。そして日本人としての限界を感じるようになり、中国人と付き合うことが億劫になった。ふと、八〇年代から九〇年代にかけて日本に留学していた中国人留学生たちが、どれほど肩身の狭い思いで暮らしていたか想像したこともあった。

中国に馴染めない時期が続いていた二〇〇六年に、現代劇の舞台に出演して中国を見る目が少し変わった。中国人に混じってオーディションを受け、約一ヶ月半、中国の若い俳優たちと共に毎日夕方から数時間一緒に稽古をした。外国人は私だけで、当時は小泉首相が靖国参拝を繰り返していた時期だったので、「日本人はなぜ歴史を反省しないのか」「私は絶対に日本製品は買わない」「日本が嫌いだ」と面と向かって言ってくる人もいたが、優しく声をかけてくれる人はもっと大勢いた。そして中国人同士のやりとりを見ていてわかったのは、日本人の私だけが嫌な思いをしているわけではなく、中国人の間ではもっと熾烈な競争が繰り広げられていることだった。その時初めて自分は日本人だから疎外されているのではないと知った。すると気持ちが急に楽になった。
そうした日常生活の小さな積み重ねを通じて、これが中国なんだ、中国人はこう考えるんだ、と感覚的にわかってきた。中国滞在歴が私より長い先輩が、中国を知るには七年は住まないとわからない、と仰っていたが、私は十年以上かかってようやく中国のことが少し掴めてきた。それまでは、自分は中国のことを解っていない、ということが分かっていなかった。そしてそれ以来、私は無理して中国人社会に入っていかなくてもいいと考えるようになり、一歩引いて日本人らしく振る舞うように心がけるようになった。

それでも未だにわからないことだらけだ。中国に長く暮らせば中国を語れるというわけではない。逆に長くいればいるほど、ますますわからなくなってきた、それが今の私の実感だ。国土、人口、民族、歴史、それらのスケールの大きさはどれをとっても日本の比ではなく、ここから都市と農村の格差、民度の差、公平と公正の欠如など、ありとあらゆる問題がこれまた大きなスケールで噴出してくる。社会主義で労働者階級の国という看板を背負い続けていることも忘れてはならない。また中国人はなかなか本音を口にせず、人間関係にも日本人より注意を払い、相手によって言葉や態度を慎重に選び分ける。そのため、中国人の発言を鵜呑みにして日本人の価値観で理解しようとすると判断を見誤りかねない。つまるところ、中国を理解したければ中国人のものさしで考えることが欠かせない。現象や事象だけに注目していても全体像は見えてこないし、問題の本質はつかめない。
では、中国人のものさしを知るにはどうすればいいのか。中国人社会にどっぷり浸かるしかない。組織に入れば安定が得られるが自由がなくなる、自由でいたければ安定は得られない。私は後者を選んだ。中国人にしたら失敗の人生だが、私は全く後悔していない。「北漂」だったからこそ、いろんな経験ができ、中国を多角的に見ることができた。中国人は客人を手厚くもてなす。これは逆に考えると、客人の立場で中国と接していては、本当の中国は見えてこないということだ。なんの肩書もない私に、みんなは本音をぶつけてきてくれた。嫌な思いもしたがその分、中国を知ることができた。

日本の良いところは旅行で訪れればすぐにわかるが、日本の住みにくさは暮らしてみないとわからない。中国のおかしなところは誰でもすぐに指摘できるが、中国の良さは長く住んでこそわかる。日本人も中国人も喜怒哀楽がある同じ人間に変わりない。ただ何に対して喜び怒り哀しみ楽しむのか、そしてそれはどうしてなのか、そのあたりに中国を理解する鍵があるように思う。

目次

序章 中国人の心は統計や数字では測れない

1 2009年
第1景 天安門事件20年――変わったこと、変わらないこと
第2景 SARS顛末記――声を上げ始めた民衆
第3景 北海公園の風景――市民憩いの場から見える世相
第4景 中国の抗日映画(1)――極悪非道からヒューマニズムへ
第5景 中国の抗日映画(2)――抗日作品に出演して思うこと
第6景 建国60周年を迎えた中国(1)――大国の自信と揺らぐ脚元
第7景 建国60周年を迎えた中国(2)――1949年10月1日建国式典日中秘話

2 2010年
第8景 ボランティア春秋――善意は金銭をこえることができるか
第9景 2009年、中国を表す漢字――中国人は如何にして政府への不満を表すか
第10景 春節の風物詩――中国人にとって春節とは快楽の祭典である
第11景 毒餃子事件について思うこと――食の安全と中国人の交渉術について考える
第12景 戦争と相互理解――相手の立場で戦争を記憶するということ
第13景 日本語教師――これから留学するあなたへ
第14景 尖閣諸島沖漁船衝突事件(1)――地雷を踏んだ日本政府
第15景 尖閣諸島沖漁船衝突事件(2)――内陸部での不可解な反日デモ

3 2011年
第16景 民間交流に思う――すべては信頼関係から
第17景 東日本大震災(1)――絶賛から批判へ、地震と原発の衝撃
第18景 東日本大震災(2)――被害を受けたのは私たちだけではない
第19景 中国映画『譲子弾飛』(邦題:さらば復讐の狼たちよ)――中国人の娯楽、ブラックユーモアで社会を斬る

4 2012年
第20景 東日本大震災一周年――中国メディアの報道からみる日本人観の変化
第21景 日本人の歴史認識について(1)――名古屋市長河村発言から考える
第22景 日本人の歴史認識について(2)――中国人とかみあわないのはなぜか
第23景 昆劇からみる中国――北京日本人会会報より
第24景 90年代の中国パンク――アングラが最も熱く燃えた時代

5 2013年
第25景 相互理解を深めるために――一人ひとりができること
第26景 陝北游記(1)――陝北を見ずして中国は語れず
第27景 陝北游記(2)――てんやわんやの元宵節パレード
第28景 陝北游記(3)――陝北で出会った人々

6 2014年
第29景 領有権争いから歴史認識へ――対日政策の転換を図る中国外交
第30景 これから中国とどう付き合っていけばいいのか――再論、日中相互理解

7 2015年
第31景 日中首脳会談とメンツ――国内問題が直結する対日政策
第32景 爆買いから考える日中関係――爆買いしなければならない国内事情
第33景 戦勝70周年記念式典――抗日の国際化を狙う中国

8 日中関係略年譜2005-2015
主な出来事/中国国内/首脳・閣僚級会談及び政府間対話

終章 飛躍する中国、彷徨う中国

山田晃三(やまだ・こうぞう)
1969年神戸市生まれ。京都外国語大学中国語学科卒業、北京師範大学大学院修士課程及び博士課程修了。現在、北京大学外国人専家(日本語)。著書『「白毛女」在日本』(文化芸術出版社、2007年)。

[用紙/刷]
ジャケット ヴァンヌーボV ホワイト 四六判Y目130kg 刷4°
表紙 MTA+ -FS 四六判Y目135kg K/1°
見返 NTラシャ びゃくろく四六判Y目100kg
本文 淡クリーム琥珀 四六判Y目72kg

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